子どもデボーション
5月 12日〜 5月 18日

 

チャレンジ・ダ・バイブル
 聖書はかがみのようなものとも言われます。聖書を読んでいると私たちの心のすがたが見えてくるのです。あれ、ここはよごれてるぞと分かったら、神様に白くしていただきましょう。毎日かがみを見るように、聖書は心の身だしなみです。


五月十二日(日)マタイ二五1〜13
 花よめの友だち十人が花むこの来るのを待っていました。ところが五人はかしこく五人はおろかでした。どこがちがったかというと、勉強ができたかどうかではなく、夜、花むこをむかえるために油のじゅんびができていたかどうかでした。あなたはいつイエス様が来られても準備ができていますか。


五月十三日(月)1テサロニケ四13〜18
 最初、教会の人たちは自分たちが生きている間にイエス様は雲に乗って帰って来られると信じていました。けれども時代と共に、死んでいく人たちがいます。教会のリーダーの一人だったパウロは、イエス様が来られる時には、先に死んだ人たちがまず、よみがえって主のもとに上げられると励ましました。


五月十四日(火)1テサロニケ五1〜11
 それでは一体イエス様はいつ来られるのか。聖書はその時期は分からないと言っています。え、今日は来ないよねえとみんなが言っているような、そんな時にイエス様は来られます。光の子としてイエス様を信じていきましょう。イエス様がもう一度来られる日はすばらしい日なのです。


五月十五日(水)1テサロニケ五12〜22
 キリスト・イエスにあって神様が私たちに願っておられるのは、イエス様を信じている私たちがいつも喜び、絶えず祈り、どんなことでも感謝することです。これは決してやさしいことではありません。私たちはすぐに落ち込み、祈ることをやめ、不平を言います。神様に助けていただきましょう。


五月十六日(木)1テサロニケ五23〜28
 神様の前に出る時、私たちはどうなるでしょう。神様は「お前は私を信じていたけれど、どうしようもない子だね」とおっしゃるでしょうか。いいえ、神様はまったくきよい者として私たちを神様の前に立たせてくださるのです。そうなるようにがんばれではなく、神様がそのことをして下さいます。


五月十七日(金)使徒一1〜5
 よみがえられたイエス様は弟子たちにエルサレムからはなれないで、神様が約束された聖霊を待ちなさいとおっしゃいます。約束の聖霊がいっしょにいてくださらないと、「よ〜し、がんばるぞ」と出て行っても、またきっとあくまにやられてしまう、それをイエス様は知っておられたのです。


五月十八日(土)使徒一6〜14
 聖霊が来られたら、あなたがたは力を受けて、私の証人となる、とイエス様はおっしゃいました。証人とは自分の見たこと・聞いたこと・知っていること・経験したことをこわがらずに、正直にみんなに伝える人です。私たちも「イエス様ってすばらしいんだよ」と言うことをお友だちに伝えるのです。