チャレンジ・ダ・バイブル
聖書はランプのようなものでもあります。真っ暗な中を歩いていくのはとてもこわく不安なものですし、あぶないことです。けれども聖書はランプのように私たちの足下を照らし、私たちが迷わないように守ってくれるのです。
六月二日(日)マタイ二五31〜46
イエス様を待ち望む歩みとは自分の周りにいる弱い人、さびしい人、助けを必要としている人たちに助けの手をさしのべるということでもあります。イエス様を愛し、イエス様に仕えるとは、実は自分のすぐそばにいる人たちを愛し、仕えることなのです。あなたの助けを必要としているのはだれでしょう。
六月三日(月)1ヨハネ四7〜12
神様は、私たちが神様を愛していたから、私たちを救ってくださったわけではありません。神様のことなど全然考えていなかった、むししていたような私たちを愛して、私たちを救うためにイエス様を送ってくださったのです。イエス様に愛された者は今度は他の人を愛する人に変えられていきます。
六月四日(火)1ヨハネ四13〜21
神様を愛していますか。もしそうだとしたら、あなたは目に見える教会のお友達や、あなたの家族を愛し、大切にするはずです。神様は目に見えません。けれども私たちがどれだけ目に見える人々のことを考え、愛するかで、あなたの中にどれだけ神様を愛する思いがあるかが分かってくるのです。
六月五日(水)ヤコブ二1〜13
イエス様を信じる人は、神と人を愛する生活をするはずです。人を愛するとは、たとえば、えこひいきをしたり、見た目で人を判断したりしないということです。みなさんのまわりにいじめわれていたり、ひとりぼっちのお友だちはいませんか。あなたはその人のお友だちになってあげられるでしょうか。
六月六日(木)ヤコブ二14〜26
「愛してるよ」とか「大好きだよ」と口で言うのも大切なことですが、もっと大切なのは神様を信じているあなたが、そのことを行動で示していくことです。お友達にやさしくし、親切にすることです。神様を信じているそのことを、あなたの生き方の中で、人々の前に示していくことです。
六月七日(金)ヤコブ三1〜12
私たちの口は時々、人の悪口を言ったり、その人が聞くといやがるようなうわさ話をしたりしないでしょうか。私たちの冷たい言葉がどんなに人をきずつけていることでしょうか。神様への賛美や暖かい言葉がいつも出てくるように私たちの心を守っていただきましょう。
六月八日(土)ヤコブ三14〜18
どんなに頭がよくても、その知恵を悪いことのために使う人たちがいます。けれども神様に与えられるきよい知恵は人と人との間に平和を作り出し、人をゆるし、愛して、いつも真実です。そしてそう言う神様からの知恵は、神様をおそれいつも第一とするところから来るのです(箴言一7)。