チャレンジ・ダ・バイブル

 ダ・バイブルとは英語で、「聖書」のことです。「バイブル」という言葉には元々は「本」という意味があったようですが、「本」と言ったらやっぱりこれだ、これをぬかしては考えられないということで、これこそ本の中の本という意味で、ダという言葉をつけて「ダ・バイブル」というのです。そしてこの聖書ほど多くの国の言葉に訳されている本はありませんし、聖書ほど多くの人に読まれている本はありません。それだけではなく、この聖書は多くの人に力を与え、多くの人を変えてしまう力を持ったすばらしい本です。この聖書を読んでいるときっとあなたも変えられていきます。


四月十三日(日)ルカ二二63〜71
 イエスさまは「あなたは神の子か」という質問に「そのとおり」と答えられた。ところがみんなは信じなかった。イエスはとんでもないうそつきだと言ってイエスさまを死刑に決めた。イエスさまはそれ以上しょうこを出そうとはされなかった。私たちの救いのためにはどうしても死ななければならなかったからだね。


四月十四日(月)ルカ二三1〜5
 ユダヤの国はローマという強くて大きい国の言うことを聞かなければならなかった。かってに死刑をすることはできない。そこでユダヤ人たちは、イエスはローマの王様に反こうして、自分が王様だと言っているとうったえたんだ。でもローマ人のピラトにもイエスさまが正しい方であることははっきりしていたんだね。


四月十五日(火)ルカ二三6〜12
 イエスさまはヘロデの前でふしぎなことは何もされなかった。ヘロデの心の中にはイエスさまを信じる気持ちがぜんぜんなかったからだね。ヘロデは家来といっしょになってイエスさまのことをさんざんバカにした。でもイエスさまはだまってがまんしておられたね。


四月十六日(水)ルカ二三13〜25
 ピラトはイエスさまをゆるそうと思った。でも人々は言うことを聞かないで、イエスではなくてバラバをゆるしてくれとさけんだ。悪いバラバがゆるされて、悪いことをしていなかったイエスさまが十字架につけられた。私たちも同じだね。


四月十七日(木)ルカ二三26〜38
 イエスさまは十字架の上で自分を十字架につけた人々や、自分をばかにしている人々のために「父よ、彼らをおゆるしください」と祈ってくださった。イエスさまは私たちの罪を負って、身代わりに死んでくださったおかげで、私たちはゆるされたんだね。かんしゃしよう。


四月十八日(金)ルカ二三39〜43
 イエスさまといっしょに右と左に悪いごうとうが十字架につけられていた。その中の一人は十字架の上で、イエスさまが何も悪いことをしていない、神の子・救い主だと信じた。この人は何も良いことはできなかったけれど、イエスさまを信じて天国に行ったんだね。


四月十九日(土)ルカ二三44〜56
 イエスさまは十字架の上で苦しみぬいて全部を神様にゆだねて死なれた。ローマの百人隊長さえ、十字架のイエスさまを見ている内に「この人は本当に正しい人だった」と言った。アリマタヤのヨセフがイエスさまの体をおはかにおさめた。イエスさまは本当に死んでくださった。