チャレンジ・ダ・バイブル

 十一月になりました。寒い地方のお友だちは、木々の葉っぱもすっかり落ちて、ひえこむようになっているでしょうね。また今ころ、赤や黄色の葉っぱを楽しんでいるみなさんも多いことでしょう。葉っぱを見ていくと、どれとして同じ形、同じ色、同じもようのものはありません。みんなそれぞれちがいます。ちがっていいのです。一枚一枚の葉っぱもきれいですが、同時にそんな色づいた葉っぱの木々が集まると山々がきれいにそまっていきます。ちがうみんなが集まって、でもきれいな神様の作品になっていくって、教会みたいですね。神様の造ってくださった自然をよろこび、こんなステキな秋をくださる神様を喜びたいと思います。


十一月二日(日)申命記三23〜29
 モーセは百二十さいになっていましたが、まだまだ元気でした。本当は自分もヨルダン川をわたって、神様のやくそくの地に行きたかったのです。けれども神様はモーセに、あなたの仕事はヨシュアをはげますことだとおっしゃたのです。


十一月三日(月)申命記三一1〜8
 モーセは神様に言われたように、イスラエルの人たちをはげまし、また自分の後にリーダーになるヨシュアをはげましました。みんなの中にもモーセがいなくてもだいじょうぶだろうかという不安やおそれがあったでしょう。でも主がいっしょにいてくださるからだいじょうぶとモーセは言いました。


十一月四日(火)申命記三二44〜52
 モーセが最後にイスラエルの人たちに言ったのは、神様の言葉をしっかり心にとめて、それにしたがうようにということでした。昔も今も、それが神様のしゅくふくをいただくひけつです。


十一月五日(水)申命記三三26〜29
 「イスラエルよ、あなたはしあわせである」とモーセは言いました。みなさん、救い主である神様を知っているみなさんは本当にしあわせです。いろいろな持ち物が多くなかったとしても、苦労が多かったとしても、神様がいっしょにいてくださるってずっとすばらしいことです。


十一月六日(木)申命記三四1〜12
 あの偉大なモーセも死にました。私たちはどんなにえらくなって、どんなに大きな事をしても、やがて死んでいきます。でも神様を知っていたら死ぬことは悲しいだけのことではありません。知っている人と別れるのは悲しいのですが、天国に行けるからです。


十一月七日(金)ヨシュア一1〜9
 モーセは死にました。イスラエルの人たちにはこれから多くのたたかいが待っています。イスラエルの人たちは神様を信じるより、苦しいことがあると、すぐにもんくをいう人たち・・・。ヨシュアも心配だったでしょう。けれども神様は雄々しくあれ、強くあれとはげましてくださいました。


十一月八日(土)ヨシュア一10〜18
 神様にはげまされたヨシュアはイスラエルの人たちに神様の言葉を思い起こさせます。イスラエルの人たちはヨシュアを通して伝えられる神様の言葉に従うことをやくそくしました。