チャレンジ・ダ・バイブル

 ピリピの町でのできごとを今週も学びます。このできごとから何年かたって、パウロが牢屋の中からピリピの教会の人たちに書いた手紙が残っています。ピリピ人への手紙です。この手紙を読むと、ビリピ教会がどんな教会になっていったのかが分かります。ぜひ通して読んでみてください。ピリピ教会はパウロのことをいつも心配して祈っていました。パウロはピリピ教会のことを思うと心からうれしくなりました。みんなの行っている教会はどんな教会ですか?


七月十八日(日)使徒一六16〜24
 占いの霊にとりつかれていた人がいました。神様は占いはきらわれます。パウロはこの人を自由にしてあげました。でもこの占いでもうけていた人はパウロたちを訴えました。そしてパウロたちは捕まえられてむちで打たれ、奥の牢屋に入れられてしまいました。なぜ、捕まらないように助けてくださらなかったのでしょうか。神様にはちゃんとご計画があったのです。


七月十九日(月)使徒一六25〜34
 パウロたちはむち打たれて、きっと傷が痛んだはずです。でも二人は祈ったり、賛美したりしていました。大地震が起きて、牢屋の戸が開いても二人は逃げませんでした。パウロたちにとって一番大切なことは、誰かがイエス様を信じて救われることでした。そして獄吏とその家族はその夜、イエス様を信じました。


七月二十日(火)使徒一六35〜40
 パウロは両親がユダヤ人ですからユダヤ人だったのですが、生まれたのがローマの国の中だったので、ローマ人として保護されていました。昔、ローマ人というのはとても力を持っていました。でも、もっとすばらしいのは神様を信じて、天国人になったと言うことですね。


七月二一日(水)使徒一七1〜9
 パウロはテサロニケに行きます。そこでもイエス様を信じる人たちが出てきます。パウロはユダヤ人たちから訴えられます。「天下をかき回している」と言われるほど福音を勇気をもって伝えたいですね。


七月二二日(木)使徒一七10〜15
 ベレヤに住んでいたユダヤ人たちはパウロの話を聞いて、真剣に聖書を調べていました。そしてたくさんのユダヤ人たちもイエス様を信じました。聖書を調べたらちゃんとイエス様が救い主だと言うことは分かってくるからです。


七月二三日(金)使徒一七16〜34
 次にパウロが行ったのはアテネでした。アテネの人たちはいろいろなことを考えたり、勉強したりするのが大好きでした。アテネの人たちはパウロの話も喜んで聞きました。でも十字架と復活の話になるとばかにしました。勉強だけでは救われないのです。


七月二四日(土)詩篇三十1〜12
 大変なことがあるかもしれません。悲しいつらいこともあるかもしれません。神様を信じているのに何でこうなんだろうと言うこともあるかもしれません。必死になって賛美するのではありません。神様が私たちに喜びと賛美をくださるのです。