チャレンジ・ダ・バイブル

 みんなの仲間の中には寒い所、雪がいっぱい降るところでがんばっているお友だちもいるし、それから雪なんか見たこともないという暖かい所でがんばっているお友だちもいる。お話をしたこともないし、顔も見たことないけれど、みんなが兄弟姉妹です。ぼくたち・わたしたちはみんなイエスさまを信じて神の子だから、みんな同じ天のお父さんを信じている神の家族だから。
 場所はちがうけれどみんなイエスさまを信じてれいはいしている。すてきなことだよね。


 一月二三日(日)
 ルカ七36〜50

 イエスさまがあるパリサイ人の家にしょうたいされて、ごはんをいただいていた時、とんでもないことが起こった。町でも有名な悪い女の人が近づいてきた。でもいつもと様子がちがう。イエスさまのそばに近づくとボロボロ涙を流してその足をぬらし、かみの毛でふいた。みんなはいやな顔をした。でもイエスさまはこの女の人のたくさんの罪もゆるされたとおっしゃたんだ。


 一月二四日(月)
 ルカ八1〜15

 たねは神の言。神の言がとどけられても、聖書を読んだり、聖書のお話を聞いたりしてもいろいろな聞く方がある。聞くだけじゃダメ。すぐ忘れてしまうから。聞いてしっかりみ言葉を心に止め、その御言葉を信じ、行うこと。


 一月二五日(火)
 ルカ八16〜18

 み言葉は光だから、それをかくしたらもったいないね。みんなから見えるように高くかかげよう。みんなにみ言葉を伝えよう。み言葉をどう聞いていたかは、だれも知らなかったとしてもあとでちゃんと分かってくる。何て言ってもちゃんと聞いていたら実を結んでいくはずだからね。


一月二六日(水)
ルカ八19〜21

 イエスさまのお母さんや弟たちが会いに来た。どうやら、イエスさまを連れもどしに来たらしい。でもイエスさまにとっては神さまの言葉を聞いてそのみ言葉に生きることの方が家族のつながりよりも深かった。血のつながりよりも深かった。みんなもイエスさまの兄弟だ。


 一月二七日(木)
 ルカ八22〜25

 湖は大あらし。弟子たちは「わたしたちは死にそうです」とさけびます。でもイエスさまがいっしょだったら本当は何も心配しなくてもよかったんだけどね。イエスさまは風も波もしずめてくださいました。


 一月二八日(金)
 ルカ八26〜39

 向こう岸につくとそこには悪れいに取りつかれた男の人がいました。イエスさまが悪れいを追い出すと、この人はふつうになってイエスさまのおともがしたいと言いました。でもイエスさまは家に帰って、神さまがどんなにすばらしいことをしてくださったかを伝えるようにとおっしゃいました。


 一月二九日(土)
 ルカ八40〜56

 ヤイロは会堂司でした。でも十二才のむすめが死にそうになっていました。イエスさまが来てくださる。でも、と中でいろいろなことがあって、なかなか家につきません。ヤイロも心配したでしょう。でもイエスさまはヤイロの家の女の子をまた元気にしてくださいました。