聖書だ! ワクワク

 
 イエスさまが十字架につけられる日が近づいていました。あと六日でイエスさまは十字架におかかりになるのです。イエスさまはご自分の十字架のことについて何回も何回も話してこられました。弟子たちには分かってほしいという思いもあったかもしれません。私たちの罪を負って十字架につけられるということは、私たちの救いのためと言っても、それは決して簡単な話ではありませんでした。イエスさまも祈りながら歩みながら覚悟を決めて行かれます。
 ほとんどの人がイエスさまの気持ち・これからしようとしておられることを理解していませんでした。けれどもマリヤにはそんなイエスさまの気持ちが少し分かっていたようですね。


□三月十二日(日)

    ヨハネ十二1 - 11

 マリヤのできる最高のささげものは他の人たちから見るともったいなく見えました。けれどもイエスさまはこのささげものでなぐさめられ、またこれを喜ばれたのでした。マリヤの思いを受け止められたのです。


□三月十三日(月)

    ヨハネ十二12 - 19

 翌日の日曜日、イエスさまはろばの子に乗ってエルサレムに入って行かれます。それは旧約聖書に書かれたとおりであり、またイエスが平和の王のしるしでもありました。大勢の人たちがホサナ(今、お救いください)と言って迎えました。


□三月十四日(火)

    ヨハネ十二20 - 26

 ギリシャ人たちが評判を聞きつけてイエスさまに会いに来ました。ギリシャ人たちはユダヤ人たちより素直に信じたかも知れません。逃げることもできたでしょう。でもイエスさまにはみんなのために死ぬという大きな仕事がありました。自分のためだけに生きる人・自分の命のことしか考えられない人はおろかです。


□三月十五日(水)

    ヨハネ十二27 - 36

 私たちが光の子になるために大切なことは光として来てくださったイエスさまを信じることです。イエスさまを信じる人はやみの中を歩くことはありません。イエスさまはやみを打ち破り、私たちを光にしてくださるからです。


□三月十六日(木)

    ヨハネ十二37 - 43

 イエスさまの奇跡は、イエスさまが確かに旧約聖書に約束された救い主だと分かるためのしるしでもありました。でも、これだけすばらしい奇跡を見、すばらしいお話を聞いてもほとんどの人たちは信じようとしませんでした。信じても、人を恐れて口にしませんでした。


□三月十七日(金)

    ヨハネ十二44 - 50

 イエスさまは父なる神さまをみんなに示し、この世を救って、私たちの心を照らすために来てくださいました。けれども、ここで私たちは決心をしなければなりません。イエスさまの言葉を聞いて信じるか、信じないかという決心です。


□三月十八日(土)

    エペソ五1 - 5

 イエスさまは私たちのために香油どころではなく、ご自身を神さまにささげてくださいました。本当はもったいないような話です。イエスさまはそれほど私たちを愛してくださったのです。私たちは何をささげましょうか。私たちのささげものはどんな香りがするでしょうか。