聖書だ! ワクワク

 先週の金曜日はイエスさまが十字架にかかられた日なのですが、英語ではグットフライデーとも言います。これは「すばらしい金曜日」という意味の言葉です。私たちの罪を負って死なれた十字架はそれはそれは悲しく苦しいものでした。けれどもその金曜日に私たちの救いの道が開かれたのです。まだみんなの中でイエスさまを信じていない人がいたら、ぜひ信じてください。教会の先生にお話してね。
 そして今日はイースター。何の日かって、もういいよね。イースターおめでとう!


 四月十六日(日)    ヨハネ二十1〜9

     日曜日の朝早く、マグダラのマリヤはイエスさまのお墓に行きました。ところがお墓の入り口においてあった大きな石がどけられています。マリヤはすぐにお弟子さんたちのところに走りました。ペテロたちが来てお墓をのぞくと何と空っぽでした。本当のところはまだ何が起こったのかよく分かっていませんでした。イエスさまはよみがえられたのです。

 四月十七日(月)    ヨハネ二十10〜18

     マリヤは墓の外で泣いていました。イエスさまのお体がなくなってしまったからです。マリヤはイエスさまにとても感謝していましたから、死体にくさくならないお薬を塗ろうと思ったのです。でももうマリヤは泣かなくてもよかったのです。イエスさまはよみがえられたからです。

 四月十八日(火)    マタイ二八1〜10

     イエスさまのお墓は空っぽでした。天使が言いました。「十字架にかかって死なれたイエスさまはもうここにはおられない。前から言っていたようによみがえられたのだ」。確かに聞いていました。でもあまりにも悲しくてイエスさまの御言を忘れていたのです。

 四月十九日(水)    マタイ二八11〜15

     お墓の番をしていた兵隊たちはお墓の口があいて中が空っぽになってしまって、怖くてたまりません。でもユダヤ人たちは弟子たちがイエスさまを盗んだことにしてしまいました。イエスさまがよみがえられたことなど少しも信じませんでした。

 四月二十日(木)    マルコ十六1〜8

     御使は「弟子たちとペテロに」イエスさまがよみがえられたことを伝えなさいと言いました。神さまはイエスさまのことを三回も知らないと言ってしまったペテロのことを心配しておられたのです。

 四月二一日(金)    マルコ十六9〜11

     マグダラのマリヤは悪魔に心を奪われていました。でもそんなマリヤをイエスさまは救ってくださったのです。イエスさまのことが心配でならなかったマリヤにイエスさまはご自身をあらわされました。でもマリヤの話を他の人たちは全然信じませんでした。

 四月二二日(土)    1コリント十五1〜11

     パウロが「福音(すばらしいニュース)」として伝えたのはイエスさまが聖書あるように、私たちの罪を負って、私たちの救いのために死んでくださったこと、確かによみがえられたことです。これは少しの人たちだけが見たのではありません。たくさんの人たちがよみがえられたイエスさまにお会いしたのです。