聖書だ! ワクワク

 みんなのそばには、みんなを愛して、みんなのためにお祈りしてくれている人たちがたくさんいます。みんなはみんなのまわりにいる人たちのためにお祈りしたことある? みんなの家族、学校の先生や友だち、近所のおじさんやおばさん、親せきの人たち、キャンプで会った仲間・・・。神さまはたくさんの人たちを私たちの周りに置いていてくださいます。私たちはその人たちのことを神さまに感謝し、また私たちの周りにいる人たちのために神さまの祝福をお祈りしたいと思います。神さまはみんなのお祈りを聞いていてくださいます。


 十月十五日(日)    マタイ十八21〜35

     誰かがみんなに悪いことをした時に、「ごめんね」って言われてもなかなかゆるせないことってあるかもしれないね。でも、イエスさまは何回でも赦しなさいとおっしゃいました。それは私たちが神さまにもっともっとたくさん赦されているからです。心からゆるすことができるように神さまに助けていただこうね。

 十月十六日(月)    エペソ四25〜32

     私たちはすぐに怒ってけんかをしたり、悪いことを考えたり、思いっきり悪口を言ってしまうことがあるかもしれません。でも聖書は神さまがゆるしてくださっているのだから、私たちもお互いにゆるすようにと教えています。どっちが先にゆるすか?私たちの悪いことはまず先にあやまり、先にゆるしたいですね。

 十月十七日(火)    コロサイ三12〜18

     誰かにいやな部分・困ったこと・直してもらわないと困ると思うことがあったら、普通はその人の悪いところをガンガン言いたくなるものです。けれども聖書はもし誰かに悪いことがあったらまずゆるし合いなさいと言います。神さまがまずゆるしてくださったからです。

 十月十八日(水)    ルカ六37〜42

     人をさばくとは、人の悪いところ取り上げて「なんて悪いのだ」と責めたて、そんなあなたには神さまに愛される資格などないと切り捨てることです。私たちは人の欠点はよく見えるのです。

 十月十九日(木)    マルコ十一20〜25

     誰かに何かうらみを持ち、その人に憎しみと悪い思いを持ったままでお祈りしても、神さまは悲しまれるでしょう。誰かがあなたに悪いことをして、あなたがその人にうらみを持っているとしたら、まずその人をゆるすことができるようにお祈りしたいと思います。

 十月二十日(金)    マタイ六9〜14

     主の祈りの中にもゆるしを求める祈りがあります。私たちも毎日、主の祈りを祈るたびに「ゆるします」と祈り、「ゆるしてください」と祈るのです。私たちは神さまから毎日たくさんゆるしていただかなければならないからです。主の祈りをもう一度ゆっくり味わってみましょう。

 十月二一日(土)    ルカ二三32〜38

     イエスさまは、笑いものにされ、ばかにされ、苦しめられながらも、自分を十字架につけた人たちをゆるし、その人たちがゆるされるように祈られました。十字架上の苦しみと祈りがあったから、私たちは罪がゆるされ、救われるのです。