「性教育」を語る

 

 今回の特集では、性教育の問題を取り上げた。大切だとわかっていてもなかなか具体的に取り組めずにきた問題である。しかし、子どもたちが様々な性犯罪の犠牲になり、また、倫理の低下が教会内に少なからず影響を及ぼしているといった現実が突きつけられている今日、危急の課題としなければならないのではないだろうか。
 私たちがどのように性教育を語り、指導していくのか。また教会はどのように取り組むべきか、織寛先生(進行役)、本守先生、藤具子先生、西岡まり子先生の四名に話していただき、その糸口を探っていただいた。


    藤具子師 成田教会牧師、聖書の光「小学上級」担当。家族構成/ご主人(藤義則師)、長女(高一)

    織寛師 東京中央教会牧師、東京聖書学院助教授、聖書の光「チャレンジ・ダ・バイブル」担当。家族構成/奥様(織由香師)、長男(中一)、次男(小六)、三男(年長)、長女(3歳)

    本守師 静岡教会牧師。性教育がライフワーク。家族構成/奥様(本敬子師)、長女(中一)、次女(小四)、三女(小二)

    西岡まり子師 八王子教会牧師、聖書の光「親子科」担当。家族構成/ご主人(西岡義行師)、長女(小六)、次女(小三)、三女(年中)



織寛(以下「」)
 まず、先生たちの性教育に関する考え方をお聞きしましょう。
西岡まり子(以下「西」)
 性については、目覚めないなら目覚めさせないという態度が、親子にも学校にもあったと思います。ところが、今は、こちらが叫ばなければならない時代になっています。難しくても、あえて取り組み、正しい方向に目覚めさせていかなければならないという危機感を持っています。
本守(以下「」)
 確認したいことの一つ目は、子どもたちが一番悩んでいる性の問題に、教会が聖書に基づいて教育していくのが務めであるということです。基本的なことは語られても、具体的になってくるためか個人的な関わりはなく、結局子どもが一人で悩み、葛藤していたことになかったかと思います。家庭にも言えることですが、特に、教会がなすべき責務を怠っていたとの悔い改めが必要であると考えています。
 次に、性は祝福であると伝えていくことだと思います。このことを自信を持って大胆に語れるのはクリスチャンたちです。聖書に基づいて命の祝福、男女の性別の祝福、成長の祝福を説く時、生命や性のすばらしさを軽視する現代に一石を投じることができると考えています。
 そして三番目は、伝える方法を確立していくべきだということです。現在、医学的なアプローチ、また統計的、年齢的、道徳的な面からのアプローチがなされています。私たちも聖書の土台にたっていくつかの試みをしていくべきでしょう。
藤具子(以下「」)
 私自身、性教育について積極的には関わってきませんでした。今日は学ばせていただくつもりで出席をしております。この問題は、伝えなければならないのは誰もわかっているのですが、どのように伝えればいいのかということを悩んでいるのだと思います。伝えられたとしても聖書から基本的なことを話すことしかできません。何一つ具体的なものを教えられない、これが今の現状だと思います。


タイミングが問題
>>> なぜ性は語れないのでしょうか。やっと学校は取り組み始めましたが、家庭や教会では話題にもあがらないと思います。
>>> 性の問題が身近になってくるのは中高生だと思いますが、その時期はちょうど反抗期ですよね。向こうから話してくれればいいですが、コミュニケーションは取りづらくなります。小学生の時だったらまだ話せたかも知れませんが、タイミングをずらすとなかなか話せないように思います。
>>> 幼少の時期に土台を作っていなければなかなか話せないと言うことですよね。中高生になってから、ちょっとそこに座りなさい、と突然言われても困惑してしまうでしょう。親だって切り出しにくいです。
西>>> 親も性を語れるほどの土台がないから話しができないんですよ。
>>> 小学生の時、女の子たちが集まって生理の話しを聞くことがありますが、そのような時に話すチャンスがあるかもしれませんね。
>>> 確かに、生理の時にはいいタイミングでしょう。


どのように語るのか
>>> ただ、その時期が来る前に、わかりやすく答えられ、はっきりと語れる備えをしておく必要があります。
>>> 教会であるならば、教会学校の先生たちが集まって、どう取り組むべきか、何を教えるのか話し合うことはいいでしょう。そのような場に出されると、いろいろなものがはっきりしてくると思います。親にしても、話せと言われて語れる親はいないでしょう?例えば、「性は本当に祝福なのか」と問われたら、どうお答えになりますか?性から起こってくる問題がいっぱいありますよね。そのような事件を考えても、男女があるから起こっているように見えますが。
>>> 自由は、ルールがあって初めて自由なのであり、性の祝福もまた神のルールのうちにあってこそ祝福されるのです。ルールから逸脱しては祝福されないのです。
>>> それならば、ルールを守らせるために神は男女を造られたのですか?
>>> ルールを守ることが本質なのではなく、神の愛を体験するために造られたのです。男女が愛し合えること自体が祝福なのです。
西>>> そこに罪が入って、祝福が奪われてしまったわけですよね。
>>> 罪は恐ろしいですよね。すばらしいものが醜いものになってしまう。しかしそれは、逆に醜く汚いと思っていたものが、神の恵みによってすばらしいものになっていくということでもある。
神が人間を男女に性別して造られたことにどのような意味があるのか、それがわかれば男女のすばらしさがわかるはずです。子どもたち以前に、私たちが性をわかっていなければならないと言うことかな。


背景としての家庭
西>>> 私たちが育った環境からは、男女の性別を肯定的には考えられないと思うんです。つまり家族のありかたにも問題があるのではないでしょうか。
>>> 性教育は成人科から、ですか。
西>>> 自分の性を受け入れ、相手の性を尊重するという考え方が希薄です。お母さんが女性に生まれてきたことを悔い、否定的に生きていたらそれだけで悪影響が出てくるでしょう。
>>> どの年代にも言えるのは、性別を受け入れるためには、「自分は大切な存在である」という自覚が必要なのです。そのことをしっかり受けとめていれば、おそらく、自分の性別を受け入れられると思います。
>>> 私は神様を信じてから、女性としての性を受け入れられるようになりました。結婚し、子どもが与えられ、子どもを育てていく中で、女性で良かったと思えるようになったんです。
 私はいなかで育ったんですが、昔ながらの男尊女卑を肌で感じ、女性は損だと思っていました。同時に、母を大切にしない父を尊敬できませんでした。ですから、どこかに男性への対抗意識があって、男性には負けないという思いを持って育ってきたように思います。学生時代にも男性が多い学部だったのですが、大事にされる面もあるものの、同情されなくても同じようにできると虚勢を張っていました。ところが、イエス様に出会って、人間としての自分、女性である自分が尊いものなのだと言えるようになっていったんです。
西>>> 私たちは男女平等と言われながら育ってきた世代です。ところが、平等と言っても体は平等ではありません。だから、子を持つことによって、アイデンティティーを失う女性がいるんです。
>>> 平等の意味が違いますね。すべてが同じではなんですから。
>>> 対等ではなく、補い合う関係です。役割が違うことを認め、弱さをふまえながら助け合うのが男女です。


家庭でどのように語れるか
>>> 時代背景、家庭環境はそれぞれ違ったとしても、男女のすばらしさを教えていかなければなりません。まず家庭では何ができるのか考えてみたいのですが。
>>> さきほども語られていましたが、まず、あなたは大切な存在なんだと言うことを伝えることです。そして、成長を喜んであげればいいと思います。私たちは知的な成長だけに目を留めがちです。例えば、テストでいい点を取った、学校で委員に選ばれたなど、確かにうれしいことかも知れません。でも、成長をトータルに見て、体の成長ももっと喜んであげたいと思います。
 それから、将来に目を向けてあげたい。男性として、女性としてすばらしい人生があるんだということです。
西>>> 「さわやかに語る性」*、ナビゲーターのシリーズ*などを見ると、幼稚園からのテキストがあります。絵本を開くように、自然な形でアプローチできると思います。
>>> 材料が必要ですね。聖書の光でも考えなければならないですね。
西>>> まず親の心構えが必要だと思います。例えば、性器に興味を示した時、どのように反応するか、親の態度によって性がすばらしいものになるか、恥ずべきものになるのかが分かれるのではないでしょうか。そして、様々な「時」に備えてテキストや本などを用意しておきたいと思います。特に母親にはそのようなチャンスがたくさんあると思いますので、自分なりのプランを立てておくことです。
>>> 親が教えられないのは、照れがあったり、恥ずかしさがあったり、タイミングがずれると大変ですよね。どのようなタイミングが考えられますか?
西>>> 先ほど初潮の時とのお話がありましたが、デートし始めるようになった頃は話しが出きるチャンスかも知れないですね。友達からもいろいろ吹き込まれますから、親としてアドバイスできたらいいと思います。
>>> いつデートしているかわからなかったらどうしましょう。(笑)
西>>> おしゃれし始めるんじゃないですか?
>>> バレンタインデーの時もチャンスですね。でも、私たちは時々子どもの前で、仲の良さをアピールするんです。そして、神様が与えて下さった大切なパートナーだって言うんです。
>>> 自然なかたちで性教育していることになりますよね。大事なことだと思います。


教会でどう取り組むか
>>> 家庭での取り組み方は見えてきましたが、教会では家庭のような話しができるでしょうか。
>>> まず教師がどのように自覚をしているか、教師会で話すことは大事だと思いますが。
>>> そうですね。ただ、性についてオープンではない環境にいたわけですから、すぐに教師会で話題にするのはむずかしいのではないでしょうか。
>>> 教会学校のキャンプなどにディスカッションをしたと聞いたことがあります。
西>>> 青年の集会だと、男女の交際などについての分科会がありますよね。
>>> 私は、キャンプの講師に呼ばれると一回は性をテーマにしたメッセージを語ります。神の祝福としての成長、結婚とつき合い方、そしてもし過ちがあったとしたら赦しまで扱います。
>>> 過去のことで悩んでいる人は多いと思いますよ。そこで進路がしめされ、赦しのメッセージが語られるのはいいことです。
>>> 一般の活動でも、純潔を守ろうという運動があり、出版物もあります(*)。聖書のように、基準となっているものがないので物足りないですが、私たちより熱心に取り組んでいます。
西>>> なぜセックスを待つのか。またどこまでなら許されるのか。聖書に書いてあるからだけでは、子どもの側からしたら納得できないと思うんです。
>>> 聖書が言っているから守りなさいでは納得できないでしょう。聖書がなぜそういっているのかを語るべきなんです。
>>> 神への信頼がなければ、受け入れないでしょうが、「神の戒めはしばるためでなく、私を守るためにあるのだ」と信じ、それを選んでいってほしいと思うんです。
>>> 御言葉の手渡し方も重要です。律法として渡すのか、恵みとして渡すのか。押しつけになったら失敗してしまう。律法は養育係でもあり、子どもの心を守る役割があるけれど、ある年代になったら、自発的に、自分は神を愛しているからこれをしないんだとか、あれをしないんだとか言えるようになったらいいですよね。
 この座談会の準備のために、インターネットで「性教育」を調べたら、学校での性教育の取り組みが紹介されているものがありました。Q&Aを開いたら、自分が後悔せず、他者も傷つかなかったらいいという意見が主流。学校の先生は「相手が嫌がったらやめなさい」と言う以外にないのです。学校の性教育には限界があります。教会でしか、「ノー」と言うことができないんです。
>>> 性教育に基準がなく、限界がある。これではますます混迷していくでしょう。


教会の具体的な取り組み
>>> 教会がどのような具体的な取り組みをすればいいでしょうか。
>>> やはり、子どもたちに話す場合にはカリキュラムの中に組み込まれるとやりやすいですよね。もちろん日頃から意識を持って準備しなければなりませんね。いざという時あわててしまうように思います。
>>> 問題意識を持ったら継続して取り組んでいくことが大切だと思います。自分で悩みながらでも、情報を交換し合っていく。口を閉ざしてはならないと思います。また、若い人たちが良い証しを語ってくれるなら、多くの同年代の人たちに良い影響を与えると思います。
西>>> クリスチャンの中でリーダーとなる人たちが出てきてくれたらいいですね。
>>> ファミリー・フォーカス(*)の人たちも熱心に活動していますが、育てられたようにしか育てられないとすると、私たちが逃げないで、始めているということですね。
>>> もしこの企画がなければ、私も逃げてしまう口だったかも知れません。
>>> 思春期になった時、子どもだけではなく、結婚してからだって性の問題は語られていかなければいけないんです。自然に会話ができるような雰囲気を作り上げていきたいですね。教会は律法的なイメージで性をタブー視するイメージがありますが、健全な性がオープンに語られる場所となるべきなのでしょう。それが教会の責任であり、課題ですね。
 今回はどうもありがとうございました。性教育については、今後、様々な形で発展させ、啓蒙していきたいと考えています。よろしくお願いします。




*参考図書*
●「男の子の性、女の子の性」(柿谷正期 いのちのことば社)
●「体に何が起こっているの?」(柿谷正期 いのちのことば社)
●「さわやかに親が子に語る性」(山本直英 草土文化社)
●「教師のための性教育読本」(小林博 あいかわ出版)
●「life on the adge」全七巻(ドブソンのユース・セミナー ファミリーフォーカス出版)
●「God's design for sex」
「book1 The story of me」(対象年齢3〜5歳)
「book2 Before I was born」(5〜8)
「book3 What's the big deal why God  cares about sex」(8〜)
「book4 Facing the facts the truth   about sex and you」


*参考団体*
●ファミリー・フォーカス・ジャパン

●PLA Japan(純潔運動)

 


132号から